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2014春 広島旅行記-その6- [旅行(国内)]

はろ~[るんるん] ぼんじゅ~ なのミュっ[かわいい][ぴかぴか(新しい)]

 


 
箱活動1.jpg
『きつきつ愛好家』のミュウたん

小さめの箱がお気に入りでございます(* ̄m ̄)プッ



 

箱活動.jpg
破れているし、ゆがんでいるしーーーーっ (≧∇≦)ブァッハハ!



 

箱活動2.jpg
どー見ても溢れかえっていますけど、本人(猫)がいいなら、まいっか(笑)






*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*

広島旅行の続き...


広島といえば、ここを見ずに帰るわけにはいかないですよね。






『平和記念公園』


修学旅行が広島方面だと必ず訪れる場所だと思います。

私の修学旅行は東京方面(TDLとか)だったのですが、小・中学時代に見ていたら

すごい衝撃を受けただろうなって思いました。






『広島平和記念資料館』


これは原爆ドームの模型です。実物の73%サイズだそうです。

ここの中に入ったのも初めてでした。

写真撮影はOKだったのですが、とても撮る気分にはなれませんでした...

なので、資料館の写真はこれのみ。

改めて、原爆の恐ろしさ、戦争の悲惨さについて考えさせられました。






『原爆死没者慰霊碑』


この風景もTVではよく見かけますが、構図をよく考えて作られているなと...

慰霊碑、平和の灯、原爆ドームが直線上に配置されていますよね。






『あやまちはくりかえしませぬから』という言葉、重く受け止めないと...

戦争など、二度とゴメンです[exclamation×2]







『国立広島原爆死没者追悼平和祈念館』


原爆投下が8時15分であることを表すモニュメントです。

爆死没者を追悼し、永遠の平和を祈念するとともに、被爆体験を後代に継承

するための施設で、死没者の名前や遺影、被爆体験記、追悼記、被爆証言映像

などを自由に閲覧できます。








『原爆の子の像』


2歳で被爆し、10年後に白血病で亡くなった佐々木禎子さんをしのび、また

原爆で亡くなった子供たちの霊を慰めるために建てられた高さ9mの慰霊碑。
















平和を願う人々からの折鶴がいっぱい

年間1000万羽の折鶴が世界中から手向けられるそうです。








『平和の鐘』


すべての核兵器と戦争がない、まことの平和共存の世界を達成することをめざし

その精神文化運動のシンボルとして作られました。

人間国宝である鋳金作家"香取正彦氏”の作品で、撞座は原水爆禁止の思いを込めて

原子力マークになっており、反対側には鐘をつく人の己の心を映し出す鏡が

入っています。

私も祈りをこめて、つかせていただきました。







いわずと知れた原爆ドーム。歴史の証人ですね。


被爆前は、『広島県産業奨励館』という名称だったのですね。

爆心地から160mだそうです。

1915年(大正4年)4月に完成し、特徴ある緑色のドームで市民に

親しまれてきた建物です。きっと当時はモダンな建築物だったのでしょうね。

原子爆弾は、この建物の南東約160mの上空600mでさく裂したため

建物は全壊、人々は全員即死だったそうです。

戦争の惨禍を伝えるとともに、世界平和へのシンボルとして、1996年

12月にユネスコ世界遺産に登録されました。








折れ曲がった鉄骨やボロボロの壁面がよくわかりますね。







被爆前の姿

立派な建物ですよね。







爆心地の様子










相生橋


この画像からは分かりませんが、T字型に組合わさった橋でユニークな形から

原爆投下の目標にされたといわれます。







子供のための童話雑誌『赤い鳥』を創刊した“鈴木三重吉”の銅像






『私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとく ために悩むこと浅きのみ』

と書かれた文芸碑がありました。























いつもは雨に降られない“晴れ女”な私ですが、この日ばかりは雨...

雨に濡れながらキレイに咲いているつつじも少し物悲しく見えました。









その後、一度ホテルに戻ってからお夕食に出かけました。


テキトーに入った居酒屋ですっ((^┰^))ゞ





付き出し







たこわさ








もずく








なんの刺身だったっけーっ(笑)








イワガキ







エビの焼死体www








めんたいこ茶漬け








鯛茶漬け(食べかけですが...[たらーっ(汗)]







以上、2014年GW広島旅行記でした^^

お付き合いいただいてありがとうございました[かわいい]



少し調子を崩してしまって、UPに時間がかかってしまいました[たらーっ(汗)]

さてさて、次回はどうしようかって感じですが、本来の猫ブログに

戻りましょうか(笑) ミュウたんに何かネタを提供してもらわねば[手(グー)]






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2014春 広島旅行記-その5- [旅行(国内)]

はろ~[るんるん] ぼんじゅ~ なのミュっ[かわいい][ぴかぴか(新しい)]



シルバーウィークですねw まったりと過ごしております^^

訪問も遅れがちでスミマセン(*>ω<)人

この方も気ままにお過ごしのようですww





秋のうつぼ.jpg
久しぶりに“ウツボ”ってみたようですww






秋のうつぼ2.jpg
カメラのレンズキャップをポイっと投げてみました。






秋のうつぼ4.jpg
おっ スイッチ入ったかな(ΦωΦ)ふふふ






秋のうつぼ1.jpg
ちゃんとしたオモチャより、こういう何気ないもののほうが

食いつきよかったりしますよね( ̄▽ ̄;)アハハ…






秋のうつぼ3.jpg
...こっちはガッカリするけどね┐( ̄ヘ ̄)┌






・…………・…………・…………・…………・…………・…………・…………


さて、広島旅行のつづき...


今度は『大和ミュージアム』へ≡≡≒(* - -)ノ




戦艦『大和』を建造した軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄えた呉の歴史

や、造船、製鋼を始めとした各種の科学技術を紹介する博物館です。






12糎(センチ)高角双眼望遠鏡


航空用双眼鏡として開発されたもので、太陽光を遮断するサングラスも

ついているそうです。






伝声管







300トン海上クレーンの操舵輪 だそうです


戦艦『大和』建造時に使用した300トン海上クレーンの操舵輪。

同クレーンは戦後は沈没船の引き揚げや音戸大橋の架橋工事で活躍しました。













戦艦大和に命中した米軍の爆弾破片


昭和19年(1944年)のレイテ沖海戦において、戦艦大和の装甲板に命中

したアメリカ軍機の爆弾の破片を回収し、持ち帰ったものと言われています。






戦艦大和の艦橋にあった壁時計 らしいです。






九六式二十五粍(ミリ)高角機銃


戦艦大和に搭載されていた二十五粍高角機銃と同じものです。

呉市阿賀沖の海底から引き上げられたのち、深田サルベージ建設株式会社より

大和ミュージアムに寄贈されたもの。







戦艦『大和』(1/10サイズの模型)

全長263m、幅39m、高さはビル14~15階に相当する大きさでした。
     




アメリカ側の“量”的優位に対し、日本が“質”で対抗しようとした艦であり

当時の最高技術の結晶だった『大和』

しかし、すでに主役の座は戦艦から航空機へと移っており、支援任務が多かった

ようです。1945年4月、沖縄特攻作戦に出撃。米軍の猛攻撃を受け

3000余名の乗組員と共に鹿児島沖に沈みました。







46cm3連装主砲は重さ約1.5トンもの砲弾を約40秒に1弾発射できる

ものでした。

士官室と一部の兵員室には冷暖房が使用され、他の艦からは『大和ホテル』と

呼ばれていたそうです。






















戦艦『金剛』に搭載されていたヤーロー式ボイラー


イギリスのヤーロー社が開発したボイラーで、20世紀初頭の世界の代表的な

艦艇用ボイラーでした。

この展示されているボイラーは、昭和3年12月から昭和6年3月の

横須賀海軍工廠における近代化改装のおり、戦艦『金剛』から撤去されたもの。

戦前は東京の海軍技術究所、戦後は科学技術庁の金属材料研究所の建物の

暖房用ボイラーとして平成5年まで使用されていたものです。






戦艦『金剛』(縮尺1:100)


戦艦『金剛』は、日本が技術導入のために外国に発注した最後の主力艦です。

新造時は巡洋戦艦でしたが、改装され、30ノットが出せる高速戦艦と

なりました。レイテ沖海戦を終え、呉に帰投中の昭和19年11月21日に

台湾沖でアメリカ海軍潜水艦の魚雷を受け、沈没しました。

艦名は、大阪府と奈良県境にある金剛山に由来します。





マツダ号GB型三輪トラック







九三式魚雷・二式魚雷


九三式魚雷は、今までの魚雷の欠点であった射程距離の不足、航跡発生の問題

を解決するため、燃料酸化剤に純粋な酸素を用いていました。

この酸素魚雷を太平洋戦争までに実用化出来たのは日本だけだったそうです。






零式艦上戦闘機六二型 通称『ゼロ戦』

この展示の機は、琵琶湖に不時着し、昭和53年に引き揚げられたもの。

















栄三一甲型エンジン


このエンジン形状は、航空機用の空冷エンジンに見られる独特の形式で

クランクシャフトを中心に、各気筒を放射状に配置していることから

『星形エンジン』と呼ばれています。

『栄』エンジンは、中島飛行機において最も多く生産されたもので、零戦を

始めとして日本陸海軍の第一線機に搭載され、第二次世界大戦中の日本において

終戦時まで量産され続けた日本を代表するエンジンでした。

ここで展示されているエンジンには、減速ギアケース部分に『サカエ』の

浮き彫りと赤いエナメルでの『甲』の文字が確認出来ることから『栄三一甲型』

であることが確認されました。





特殊潜航艇『海龍』後期量産型


『海龍』は世界初の有翼潜水艇です。

水中を飛行機のように自由に潜航・浮上することをめざして開発されたもので

操縦装置も飛行機と同じものを使用していました。

後期量産型では、艇首に600キログラムの炸薬を装備し、両脇に抱えた魚雷を

発射したあと、目標の艦艇に突入する『水中特攻兵器』となっていました。

展示されている『海龍』は、昭和20年静岡県網代湾で艇尾部にアメリカ海軍

航空機のロケット弾(不発弾)の直撃を受けて沈没し、昭和53年5月27日に

引き揚げられたものです。




























ミュージアムの外にはこんな像がw( ̄Д ̄;)w

海軍なので、海の神『ポセイドン』??(笑)





お昼には、海軍グルメを!ということで...( ̄▼ ̄)ニヤッ


海上生活では曜日感覚が鈍くなるので、それを予防するため海軍では

金曜日は『カレーの日』と決めていたそうです。

というわけで、海軍カレーを提供している『呉阪急ホテル』へ...[車(セダン)]


ガイドでは、単品1,050円と書かれていたのに...あがってるぅ[がく~(落胆した顔)]







香辛料は15種類使用。トッピングの温泉たまごを崩しながらいただきますw

どんなお味かしらo(゚ー゚*o)(o*゚ー゚)oワクワク






もーーーー、びっくりするくらいフツーのカレーでした(爆ww)

甘くもなく、辛くもなく...(* ̄m ̄)プッ

ちょっと残念な感じ(6 ̄  ̄)ポリポリ





この後、広島市内に戻り、まだ訪れたことがないあの場所へ...



続きは次回です[手(パー)]








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2014春 広島旅行記-その4- [旅行(国内)]

はろ~[かわいい] ぼんじゅ~ なのミュっ[ぴかぴか(新しい)][るんるん]


9月になって雨ばかりですよねぇぇ(@ε@)ブゥ

この方は退屈でウダウダしているので、ちょっとチャージしてやりました(笑)




脱法ハーブにメロメロ1.jpg
何だかお分かりになりますかーー?



 

 
脱法ハーブにメロメロ2.jpg
ふふっ あニャたのお好きな アレ ですよんっ(* ̄ー ̄*)ニヤリッ



 

脱法ハーブにメロメロ6.jpg
おおw 食いついたーーーーw




 
脱法ハーブにメロメロ3.jpg
ち、ちからが強すぎて...カメラぶれぶれ[たらーっ(汗)]





脱法ハーブにメロメロ4.jpg
きゃーーーー




 
脱法ハーブにメロメロ5.jpg
こらっ 勢いあまって 私の手を噛むのはやめてーーーw




 
脱法ハーブにメロメロ7.jpg
少しはストレス解消できたかな^^

(って、ストレスあるんかい?って思いますけど( ̄w ̄))




*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*




広島旅行の続きですw この日は朝食とってから『呉』へ行きました[車(セダン)]

でっかいクジラがいるーーーw( ̄Д ̄;)w

潜水艦『あきしお』です。

全長76.2m、幅9.9m、深さ10.2m。これは目立ちますね[exclamation×2]





 
あたま


 

しっぽ



 

『てつのくじら館』 海上自衛隊の呉資料館です。



 

鎮守府が置かれた地として発展してきた呉を軸に、海上自衛隊の歴史を

現在にまでさかのぼるパネル。映像もあります。


 

戦後、こういう機雷が日本海にたくさんあり、恐怖の海と化していたため

危険をかえりみず、機雷の除去に向かった人々の掃海のあゆみが紹介されています。




 



神戸ポートアイランド沖の機雷処理の様子です。




 
機雷の断面モデル




 
こういう服装で、掃海にあたるのですね。


 


これで水中を調査するのかしら?




 
Nikonなのですねーw


 


 
お顔がかかれていて、あざらしっぽくてかわいいなって思いました(*´ω`*)



 

 
水上に浮上した機雷を銃撃で処分する機関砲です。

20mm機関砲だそうです。


ただし、砲弾を機雷本体に貫通させて水没させても完全に危険性を除去できない

らしく、近年ではこの方法はあまり使われないそうです。



 
掃海艇の模型




 
こっちはお顔がちょっと怖い(・∀・;)




 
ペルシャ湾で発見した機雷を処分したときに受けた傷がくっきり...[たらーっ(汗)]





3Fでは、艦内生活など、潜水艦の内部を紹介しています。

2段ベッド...寝てみましたが、狭いーーーーっ(/д\*))((*/Д\)



 
なかなかおいしそうなお食事ですね[るんるん]


 

こういうのを着用するのですね。




 



 


艦載対潜無人ヘリコプター

ソ連の原子力潜水艦に対抗するため、米海軍が開発した無線誘導の無人ヘリ。
揺れる艦艇への着艦操作が難しく、損耗率が高いため、80年頃に廃止したとのこと。


 



 


 




 


 





シャワーも完備されているのですね(当たり前か!)



 





 

こちらは三段ベッド...



 

厨房



 
こちらは、エライ方々がお食事されるところみたいですw




 
士官の寝室はちょっとグレードアップされるようですね。



 
通信室??

 





 


 






 




 


操縦してみたくなりますよねーっ(*´ -`)(´- `*)



 
セーラー服の乗組員さんが操縦の説明をしてくださいます。


 


下が透けて見えるーーー[目]



 

けっこう内部は狭いです^^



 






手がペンチみたいですーーー。




 

[左斜め下][左斜め下][左斜め下]


 







[左斜め下][左斜め下][左斜め下]




やっぱ、アメリカのが高性能だったのでしょうか^^

素人な私の目ではよくわからないです(〃 ̄ω ̄〃ゞ


 


 
普通の石とはやっぱり違うのかしらん?



 
大きなスクリューですねーっ( ☉_☉)




 
これは何だろう??(笑)




この後、大和ミュージアムへ移動しました。続きは次回ですっ[手(パー)]






今回の台風、大きさはたいしたことがなかったのに、大雨で甚大な被害を

もたらしましたね。栃木・茨城付近の方々、心よりお見舞い申し上げます。

一日も早く日常生活に戻れますように[ぴかぴか(新しい)]






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